破壊的一手

 玉より先に飛車が詰まされた。私にとって何よりも大事だった。くやしいやら不甲斐ないやら、どうにも自分の感情をコントロールすることができず、まだ辛うじて自分のものと言えた飛車に当たってしまった。行き場のない飛車を盤上に叩きつけると真っ二つに割れてしまった。


「まで。大石橋五段の負けとなりました」


「いや投げてないよ!」


 やるよ。まだやるから。
 私は記録係の判定を慌てて否定した。飛車が詰んだとしても、まだ投了するような局面ではない。ただ少し感情が高ぶってしまっただけ。


 まだなんだけどな……。


 いくら私が訴えても、対戦者も記録係も固まったまま動かなかった。どうやら時間が止まってしまったようだ。無限に広がる静寂が、棋理に背いた私の手を責めていた。
 壊してしまったのは私なのだろう。私のしたことは悪手の上塗りだった。1つ1つの駒に魂を吹き込んだ職人にも、私の勝利を信じて声援を送ってくれるファンに対しても、申し訳のないことをした。今更反省したとしても、(待った)をすることは許されない。潔く態度で示す他に手段はないようだ。
 創造と破壊を取り違えた私が愚かだった。こんなことは今日で最後にしたい。


「負けました!」


 私が頭を下げると記録係は棋譜を持って立ち上がった。
 対戦者はマスクを下げてお茶を飲んだ。表情はずっと険しいままだった。
 大いなる主役のいた場所に消しゴムを置いて、私たちは感想戦を始めた。