悪いですけどそれが何か?

よくこんな将棋勝てたな
どう考えても悪いのに
無茶苦茶適当に暴れてたら
何かよくなって勝っちゃった
そんなことってない?
(こんなの負けるかの逆パターンも)


将棋は局面がいい方が
いい手がどんどん出てきて
指し手に困らない
悪い側はいい手がなくて
指し手に困って
焦りは増すばかり
という話だったはずだが


どう考えてもいいはずなのに
何かおかしいな
どうやって勝ちに持っていけば?


そうなのだ
よくなって戸惑う
よくなって焦る
そういうこともあるのだ


焦ってへんな手を指す
混沌とする
また焦って悪手を連発する
逆転する


良さを主張したり
目いっぱい頑張ると
空中分解するところを
「まあしゃあないっすわ」
みたいに妥協されると
勝ちに持っていくまでは大変
ということはよくある


特に早指し、弾丸では
本当によくあることだと思う

考えることは楽しい

じっくりと考えたい


人生があと1000年あれば


もっとゆっくり考えられる


居飛穴の堅陣をどうやって崩すか


コーヒーでも飲みながら考えてみたい


だけど現実には20秒くらいしかない


考えることは楽しいけれど


考えてばかりもいられないのだ


考えることから逃げ出すように


僕は今日も弾丸を選ぶ

 

ゴミ箱があふれる

「対局室にありますゴミ箱があふれかえってますね。捨ててはいけないのでしょうか。普通のゴミとは違って思念ゴミだから、読み筋が錯綜した時などですね、後々に再利用して新たに読みをアップグレードしたりもするのでしょうか。そういったこともあって今はまだ安易には手を触れずにおこうということなのでしょうか」


「何をわけわからんことをおっしゃってるんですか。そんなわけないじゃないですか、田辺さん。記録係も色々と忙しいだけですよ。それだけのことです」


「おほほほほっ、それは大変失礼いたしました。仕事がいっぱいあふれているということで」


棋譜をつけたり時間を計ったり、大変なんですから」


「はい。この後も、名人戦生中継をお楽しみください」

 

冬の城主たち

 駒犬の広間では金ばかりが盗まれる事件があった。誰が、何のために? 盤上に集中している間、そのような詮索は後回しにされていた。金の欠けた城は粘る余地がなく、ばたばたと終局していった。
 最上階竜王の間では、特別対局が行われていた。景気の悪化が影を落とし、しばらく前からエアコンの使用は禁止となっていた。スイッチを入れた瞬間、失格となってしまう。街に訪れた冬将軍は階段を上って竜王の間まで攻勢に出ていた。夜戦に入り、寒さは一段と厳しさを増した。記録係はぐるぐる巻きになった布団の中から、辛うじてペン先を出して動いていた。


「残り50分です」


 名人は攻撃の手を緩めなかった。大駒を大きく使って敵の攻撃の足を止めると、と金を軸にした着実な攻撃で囲いの金駒を1枚1枚削り取っていった。八段は城を追われた。希望は微かに上部の方に開けていた。堅さに対して広さを主張し、玉を泳がせることでどうにか混戦に持ち込もうとした。名人は逆サイドへ攻撃の手を広げ、ついに2枚の飛車を自分の戦力とした。八段はまだあきらめてはいなかった。玉とは反対側の敵陣を開拓しながら、シャツの袖をまくった。記録係は白い息を吐きながら、鍋焼きうどんを夢見た。夜が深まるにつれて、対局者と記録係の間に温度差が開いていった。名人は敵陣に置いた竜と自陣に残る一段飛車の連携によって、寄せの網を絞り込むと、マフラーを脇息にかけた。(投了もやむなしか……)八段は天を仰いだ。再び盤に視線を落とすと名人の城が見えた。難攻不落金銀15枚の城! あきれるほどに遠すぎる。八段は虚空に向けてマスクを投げた。名人は指先で駒台をシャッフルした。戦力はまだ十分に余っていた。止めを刺せる駒を探りながら、壁に向けてマスクを投げた。棋士たちの気合いが、冬を完全に凌駕した。


「名人、ちょっといいですかな?」


 襖を突き抜けて、突然入ってきた。立会人は時計を止めたあとで、その権限によって名人が保持していたすべての金銀を差し押さえた。引き続き相談戦は別室でということらしい。しばらくの間、カメラは誰もいなくなった対局室を映し続け、観る将たちを困惑させていた。


「あのような金銀はいったいどこから?」


「言えます? そんなの一言で……」


「わかりました。そうするとここは潤沢にある金銀をもう一度みなさんでということでいかがでしょうか?」


 緊急提案は、富の再分配である。一斉再対局の期待が高まると、駒犬の広間はにわかに活気づいた。そうして冬の陣は、真夜中にしてふりだしに戻ることとなった。

 

もう一人の代表

「知らない人が今になって対局室に入ってきましたけど、座ってますね。何か道に迷って入ってきてしまったのでしょうか、先生。対局中のご両人は微動だにせず読みに没頭されております。流石ですね」


「何をおっしゃる。そんなわけないじゃないですか、田辺さん。あれは観戦記者の方です。ちゃんと仕事をされているところです」


「えへへ、これは失礼しました。対局の様子を観て文章にするお仕事ということで、言わば私たち観る将の代表とも呼べるわけですね。今も真剣そのものの表情でペンを握っておられます」


「そういうわけです。関係者しかいませんから」


「えー、この後も、引き続き名人戦中継をお楽しみください」

 

将棋ウォーズのわくわく感

久しぶりに将棋ウォーズをした


優勢から勝勢になった気がした


相手が変な受けをしてきた


僕は一気に攻め込んだ


「王手!」あっ、詰んだ。負けか


金を渡したのがよくなかった


負けました

 


なんだ、やっぱり将棋ウォーズ楽しいな


「勝てるかも」という残り30秒


なんてわくわくできるのだろう!


いいね(結果勝ちきれないとしても)

 

破壊的一手

 玉より先に飛車が詰まされた。私にとって何よりも大事だった。くやしいやら不甲斐ないやら、どうにも自分の感情をコントロールすることができず、まだ辛うじて自分のものと言えた飛車に当たってしまった。行き場のない飛車を盤上に叩きつけると真っ二つに割れてしまった。


「まで。大石橋五段の負けとなりました」


「いや投げてないよ!」


 やるよ。まだやるから。
 私は記録係の判定を慌てて否定した。飛車が詰んだとしても、まだ投了するような局面ではない。ただ少し感情が高ぶってしまっただけ。


 まだなんだけどな……。


 いくら私が訴えても、対戦者も記録係も固まったまま動かなかった。どうやら時間が止まってしまったようだ。無限に広がる静寂が、棋理に背いた私の手を責めていた。
 壊してしまったのは私なのだろう。私のしたことは悪手の上塗りだった。1つ1つの駒に魂を吹き込んだ職人にも、私の勝利を信じて声援を送ってくれるファンに対しても、申し訳のないことをした。今更反省したとしても、(待った)をすることは許されない。潔く態度で示す他に手段はないようだ。
 創造と破壊を取り違えた私が愚かだった。こんなことは今日で最後にしたい。


「負けました!」


 私が頭を下げると記録係は棋譜を持って立ち上がった。
 対戦者はマスクを下げてお茶を飲んだ。表情はずっと険しいままだった。
 大いなる主役のいた場所に消しゴムを置いて、私たちは感想戦を始めた。