冬の城主たち

 駒犬の広間では金ばかりが盗まれる事件があった。誰が、何のために? 盤上に集中している間、そのような詮索は後回しにされていた。金の欠けた城は粘る余地がなく、ばたばたと終局していった。
 最上階竜王の間では、特別対局が行われていた。景気の悪化が影を落とし、しばらく前からエアコンの使用は禁止となっていた。スイッチを入れた瞬間、失格となってしまう。街に訪れた冬将軍は階段を上って竜王の間まで攻勢に出ていた。夜戦に入り、寒さは一段と厳しさを増した。記録係はぐるぐる巻きになった布団の中から、辛うじてペン先を出して動いていた。


「残り50分です」


 名人は攻撃の手を緩めなかった。大駒を大きく使って敵の攻撃の足を止めると、と金を軸にした着実な攻撃で囲いの金駒を1枚1枚削り取っていった。八段は城を追われた。希望は微かに上部の方に開けていた。堅さに対して広さを主張し、玉を泳がせることでどうにか混戦に持ち込もうとした。名人は逆サイドへ攻撃の手を広げ、ついに2枚の飛車を自分の戦力とした。八段はまだあきらめてはいなかった。玉とは反対側の敵陣を開拓しながら、シャツの袖をまくった。記録係は白い息を吐きながら、鍋焼きうどんを夢見た。夜が深まるにつれて、対局者と記録係の間に温度差が開いていった。名人は敵陣に置いた竜と自陣に残る一段飛車の連携によって、寄せの網を絞り込むと、マフラーを脇息にかけた。(投了もやむなしか……)八段は天を仰いだ。再び盤に視線を落とすと名人の城が見えた。難攻不落金銀15枚の城! あきれるほどに遠すぎる。八段は虚空に向けてマスクを投げた。名人は指先で駒台をシャッフルした。戦力はまだ十分に余っていた。止めを刺せる駒を探りながら、壁に向けてマスクを投げた。棋士たちの気合いが、冬を完全に凌駕した。


「名人、ちょっといいですかな?」


 襖を突き抜けて、突然入ってきた。立会人は時計を止めたあとで、その権限によって名人が保持していたすべての金銀を差し押さえた。引き続き相談戦は別室でということらしい。しばらくの間、カメラは誰もいなくなった対局室を映し続け、観る将たちを困惑させていた。


「あのような金銀はいったいどこから?」


「言えます? そんなの一言で……」


「わかりました。そうするとここは潤沢にある金銀をもう一度みなさんでということでいかがでしょうか?」


 緊急提案は、富の再分配である。一斉再対局の期待が高まると、駒犬の広間はにわかに活気づいた。そうして冬の陣は、真夜中にしてふりだしに戻ることとなった。